2005年03月18日

街に溢れる選挙ポスター!?

1月後半より街に選挙用ポスターが溢れ出した。
しかし、何故か一人じゃなく2名以上で掲載されているポスター。そう、あれは今年の7月後半にある東京都議会議員選挙のポスターなのである。しかし、あれは東京都議会議員選挙用のポスターではない!?・・・。何を言っているのか分けが分からん。

投票日から起算して半年間は選挙管理委員会が設置され、告示期間内のみ許可された選挙運動に抵触するので、個人ポスターではなく2名記載のポスター。2名連記ポスターになっているのである。あれは建前上、選挙ポスターではなく党の宣伝活動の一環として扱われている。だから近くに行って、よーく見ると、時局講演会などと書かれた会場や日時が載っている。しかし、それは近くいかなければ全然見えません。何せ都議選の立候補者の宣伝が目的ですから・・・。

確か1995年あたりに、お金のかかる選挙を止めようという一環で、衆議院の小選挙区化や事前運動の禁止、政党助成金が盛り込まれ、現在にいたる。
政党助成金も問題であるが、それはまたの機会に譲るとして、あのポスターである。用紙のサイズや質によっても違うが、あのポスター1枚あたり100円位する。ざっとあれだけのものに1,000万位かかる。

一般市民にとって理解不能な次元である。街を汚され、見たくもない顔を見せられ、非常に不快である。しかも不快であり、無駄なお金であるだけに止まらず、民主主義の根幹に関わる問題を内包しているのである。

何故、たかがポスターが民主主義の根幹に関わるのか。
それは、あのポスターが党の宣伝活動の一環だという詭弁と関わりがある。逆を返せば党に属していない候補者は、告示前の半年間は事前運動に抵触するので、主だった活動ができないということである。
党に属さない候補者は選挙運動制限され、党に属している候補者はやりたい放題。自由民権運動の父である板垣退助氏が、現状の日本を見て何と語るだろうか・・。

衆議院議員選挙の比例や、参議院の比例も同じである。政党に属している者に優位に働くようにインセンティブが与えられている。政党による民主主義の根幹に関わる談合が行われている。国民が無関心であることを良いことに既存政党は既得権益の保全を図っているのである。そしてさらに国民の無関心、政治離れが加速していく悪循環である。

すべての事柄は政治と深く結びついており、無関心では済まされない問題を抱えている。
既存政党にとって、重要なことは自分の政党の投票数が読める低い投票率であり、無党派層が投票所に行かずに無関心でいてくれることなのである。だから晴天でも雨でも大喜びである。

自分もまさか、100%の投票率を望んでいるわけではない。それでは、どこかの社会主義化国と変わらなくなってしまう。しかい、せめて70%前後の人々によって、選挙が行われ、自分たちの未来が、そして現在が決められるのであれば諦めもつく。しかし、50%も満たない投票率の、さらにその20%位の人々の投票行動によって、この国の未来が決められている現状は健全とは言いがたい。有権者数のわずか10%位の支持によって内閣が組閣され、この国が運営されていることになってしまうからである。

投票に行かないという行為は、政治に対して無関心ということではなく、自分の人生を他人の判断に委ねるという行為なのである。
投票に行くことは、自分の未来を自分で判断し、決めることである。自分の人生には自分が責任を持ちたいと思う。





posted by masaki at 20:11| 東京 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

竹島にみる日本の外交

島根県が2月22日を「竹島の日」に制定して、改めて「竹島問題」がクローズアップしている。
韓国による実行支配が50年に及び、実質的に占領させている様は、北方領土問題と同じである。但し、幸か不幸か「竹島」は島というより「岩」である。さすがに住むには大変な環境のようである。しかし、韓国は警察や沿岸警備隊を配置しており、露骨に「竹島」を占領している。
「竹島」が元々韓国領で、日本が一時的に支配していたというなら、台湾や満州のように返還すべきであり、とやかく言う筋合いのものではない。しかし、発見されてから国際法上の「先占」は「日本」にあるのであるから、今回は韓国の横暴というべきであろう。

まさに、北方領土におけるロシアしかり、パレスチナにおけるイスラエルしかり、実効支配して年月が経てば経つほど問題は深刻化する。

ここ最近の韓国との友好関係を思えば、誠に残念であるが、先に問題化させたのは実効支配を1952年より行った韓国であり、今回の島根県の対応は当然のことである。もし韓国が、自己の正当性を主張するなら、国際司法裁判所において、白黒つけることに何故同意しないのか納得できない。

先進国も途上国も、いろいろな国が、この国際司法裁判所で国境紛争を平和的に解決してきている。日本は1954年に国際司法裁判所で裁判することを要求した。しかし韓国は、それを拒否した経緯がある。国際裁判では、当事者両国の同意が必要なので、そのとき裁判は実現しなかったが、韓国の「竹島」に対する対応を報道で見る限り、日本より問題を認識しているようである。であるならば、韓国国民より国際司法裁判所での決着をつけるという声が聞こえないのは何故なのか。

しかし、一方で日本国の対応も曖昧であり問題の表面化を避けているかのようである。
日本の民法においても実効支配が何十年にも及び、占有された者が何も言わなければ、所有権は占有者に移ってしまう。日本の民法においても一定の条件が満たされれば現状が優先されるのである。日本は、国家として国際世論に対し、常に占領されている現状について訴えていかなければ、国家として大きな損失を被ることになる。

北朝鮮による拉致問題においても、問題を先送りしてきた経緯がある。
拉致されてから結婚し、北朝鮮で生まれた子供や育った家族は、いざ問題が解決しても現状復帰はとても不可能となってしまう。

問題を先送りすることは、問題をより深刻化してしまうことを日本はしかっり受け止め、速やかに日本国民及び国際世論に対し声明を発表すべきである。
全てはそこから始まると考える。

posted by masaki at 01:05| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月04日

独立国家東京構想

都市東京と地方の軋轢が年々増している。
地方交付税交付金もそうだし、投票における一票の格差もそうである。
自由と平等の名の下に、ゆがめられた自由。
平等という鎖を繋がれた自由。
日本が、自由主義の仮面を被った社会主義と指摘されることは珍しくなくなったが、
このままどこまで、地方の地盤沈下に東京は付き合わなければならないのか。
独立国家東京構想をぶち上げてこそ、その現実に全ての国民が耳をかたむけるのではないか。
しかし、その東京もまた、市区町村への財源委譲には、及び腰なのが頭が痛い。
中央集権的な、財源の再分配は、もはや機能不全である。
昨今では公的年金しかり・・・。
天皇問題や、憲法問題、軍隊等様々な問題はあるが、「一身独立して一国独立する」である。
シンガポールのような都市国家があるように、東京も可能であると思う。
農業や、水産はどうするのかという心配もあるかと思うが、
独立国家宣言後、速やかに日本及びアメリカとFTAの締結を行えばいい。
もしかしたら、そのほうが早く吉野家の牛丼を食べられるかもしれない。
石原都知事ならやりそうかと、思ったが生粋の天皇主義である、彼には天皇のいない国家は考えられないらしい。
誠に残念である。


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2005年03月03日

時価総額経営とは現代の錬金術!?

時価総額経営がライブドアの堀江氏によって、ようやく日本の経営の現場で話題となった。
確か、AOLがタイムワーナーを買収したのも、時価総額による錬金術によるものだったと記憶している。その後、日本ではソニーが株式分割を行うといった、企業の買収防止対策が急激に広まり、時価総額が経営に非常に影響することが問題視されたのである。
それは奇しくもITバブルと同時期であり、新旧の世代交代が企業においても現実的となったことと無関係ではない。
その後、あまり耳にしなくなったと思ったら堀江氏である。
「世界じゃ当たり前ですよ。日本のローカルな感傷的な話では世界に伍していくことなどできません。老人には速やかに退場してもらいましょう」とくらい言ってやればいいのに!!。
言ったら、高齢化社会の敵となってしまうかな?
しかし、堀江氏に対するメディアの報道はほとんど、犯罪者か、薄汚れたヒーロー扱いである。(特にテレビ)
テレビは通信であり、公共の電波だから外国人に買われることもなければ日本人に、そんな奴などいないとでも、思っていたのか。
いずれにせよ、既得権益の上に安住していた矢先の晴天の霹靂だったようである。
この国の問題と同じように、新旧の入れ替わりがなければ、企業も国も老化の一方である。
割を食うのは30代から下の世代である。
老人の欺瞞的な発言や、既得権益連合体(報道護送船団)であるテレビなどに騙されないで、我々が声をあげなければならないと思う。


posted by masaki at 00:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月02日

「ゲーム理論」に知的好奇心が沸々と・・・。

伊藤元重さん著の「市場の法則」という本を読んだ。
最近、伊藤さんだけではなく、あちこちで耳にするのは「ゲーム理論」という言葉である。
常に戦略が相手の行動を含み構築されている理論は現代において、重要な意味合いを持っていると感じさせられた。また「広告戦略」や「代理人・委譲」が「コミットメント」というゲーム理論を元に説明、展開されていく内容は、やはり市場とともに経済を分析する手法に長けた筆者の真骨頂を感じずにはいられない。
「ゲーム理論」を題材とした、本の紹介も文中あるが、「ゲーム理論」という題材を使って、是非伊藤さんに著作を作っていただきたいと私は思う。
そのような本が出たら、書店にすぐに飛んで買いにいくのに・・・。
posted by masaki at 00:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

オペラ座の怪人を観た!

過日、オペラ座の怪人を観て、久しぶりに映画で興奮した。
十数年前、劇団四季の「オペラ座の怪人」を3000円位の安いチケットを買い観た頃と同じかそれ以上の興奮があった。
今現在、家でも車の中でもサントラ版「オペラ座の怪人」を聞いており、興奮いまだ冷めやらず・・・。
早くDVDが出ないかと今から待ちわびている。
エミー・ロッサム(クリスティーヌ役)が近年稀に見る輝きを放っていた。
デイ・アフタート・ゥモローの時は特に気にもとめなかったのに、不思議なものだ。
特に美人という訳でもないのに。(充分美人かもしれないが・・・。)
映画!かくあるべしと思うのは私だけだろうか。
posted by masaki at 01:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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